夏目漱石の「門」を読んでいる。この本を読むのは2回目になる。
三四郎」、「それから」に続く3部作の完結を担っているこの物語は、不思議なくらい何も語らない。話全体が殆ど前に進まない。小説の冒頭から終わりまで、語られることは何もない。
登場人物(特に宗助と御米)はまるで石化してしまったかのように動かない。それでも、ストーリーの始まりも終わりもないこの小さな宇宙の中には常に不安と恐怖がまとわりつく。
何気ない生活、小さな幸福。不満なく遅れているはずの日常を手に入れても、手に入れることができたとしても、ある意味での終わりはない。
村上春樹の何の小説だったかすぐには思い出せないけれど(たしかノルウェイの森だと思う)「死というものは生の延長線上として存在しているのではない、それは生に含まれているものなんだ。それはちょっとした日常の中で何気なく顔を出してくる」というような趣旨の文章を読んだときと同じような感覚を感じた。
現実を現実として語るだけのこの小説に、読者であるぼくは語りきれないくらいの不思議な安心感を感じてしまうのである。