教訓と救い

ここのところ、小説やちょっとした読み物を読むときはなんとくなく意識をしてしまうことがある。ぼくは小説の中に「救い」を求めている。いつからそんな気持ちになってしまったのだろうか。
おそらく、そう、それは「心臓を貫かれて」を読んでからだ。ぼくはこの本からはたくさんのメッセージを受け取ったような気がするが、それらのどこにも、「教訓」や「救い」はなかった。
あまりにも完璧に「救い」がない。話の最後の最後まで(しかも最後の最後の話がとてもキツイ)。
おそらくこの本を読んでから、ぼくは色んなことに救いを求めるようになっているのかもしれない。